水の流れるところ  mamimemo

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Winter Circus 2016 



きれいだった。

私の、ほぼ一年に1度の表現フィールド Winter Circus.

11回目はないとおもっていたところ、
1回目に作った会場、西神楽での開催の話とあわせて、
制作のご連絡をいただいたのが12月。

ある程度の制限はありつつも、
自由に考えをおこせて、ひとりでは作れないモノを考えて、
一緒につくっていける
こんなに素敵な時間を生きられるのは
ものすごく幸せなことだとおもう。
私はなんてラッキーなのだろうか。
それも11年も。

しいていえば、もしかしたら、
少しの、ある程度の、若干以上の制約がある中で考えるほうが
楽かもしれない。
ゼロから考えること なんて この世の中には存在しない。
すでにものがある世の中にあって それはない。
けれど、いろいろが有りすぎるそこから新しいものを作ること、
のほうがもっと難しいかもしれない。
ゼロに近くから自分で好きなことを考えて
今目の前にない形をつくりあげる。
そのいっぽ先を想像して楽しむことができる。すごく幸せを感じられる。

辞書にある言葉を並べることがいつまでたってもできない。
ボキャブラリが増えない。
そんな私が新しい種類のことを表現できるようにも思いえない。
すぐに答えを出さなきゃいけない と思ってしまう面、
まったく それはどうでもいいや と思うのがほぼ。
なった先から その先を考えて もっと楽しくもっとワクワクしたい
って思うから 何が起こっても まあ たいした気にしない。
それもまた 楽しい。

大きなものが好き。大きくみえるものが好き。
遠くをみるのが好き。
大きければ、空に向かって広がり、上をみることになるから。
空はどこまでも限りなく、その先がどこまでも自由だから。
空はどこまでが空なのか。

知らない誰と誰にだって 同じようなところは どこかはある。と思う。

私が作りたいとおもうものは、
誰かが 自分もできるかも とおもうところに有るもの なのかもしれない。
誰かが 自分で手を加えたくなるもの なのかもしれない。
誰かが 誰かに自分がやったよ といいたくなるものなのかもしれない。

そうでない部分でそうされると 違う と言いたくなる自分もいるけど
否定できないのは そもそもそれを望んでいたところもある。

風船も、椅子も、目新しい題材でもなければ、
ましてや「ゆきのかたまり」なんて、何回同じようなものを作ってきたのだろう
と 誰だっておもう。

でも、
ただ椅子だけでもダメだし、
ただの風船でもダメだし、
こうじゃなきゃいけないに縛られすぎてもダメだし、
ここは譲れないもなくなっちゃいけない。
だから 作品。
だから 私がノートの一ページの平面だったものを 触れるものに表現したくなる。

歌に 演奏に 間違いはあるんだろうか。
私はないとおもうけれど、
聴いている人が気持ちいいとおもえばいいんじゃないかと思う。
でも演奏者が間違ったっていったら それは間違いなのかもしれない。
でも私が間違ったよね っていうことではない範疇のことのように思える。
そこででた音が音であって、間違いってことはないように思う。


こうして 書いていてもよくわからないけれど、
気持ちに時間が早いうちに残しておくことも必要だし
少したったときに 思い返すことも必要?かもしれない。

次にやりたいことがいっこ。

ずっと目の前に貼ってある構想「海の 空にモビール」。

水という
ずっと動きをとめないもの と
水という
かたちをいろいろ変えられる不思議なもの と
風という
見えないけれど カタチを現してくるもの。


自分にとことん素直に生きたい。
ひたむきさを忘れないようにいたい。

mami
| 21:58 | つく(ってる現在、った過去、る未来) | comments(0) | trackbacks(0) | posted by Mami Tomita |
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